労働力の不足時には、労働者の需要が大きい部門を中心に賃金上昇は大いに弾力性をもちます。
しかし、失業の波がやって来ても賃金が大幅に減少することはありません。
1995年の場合、平均賃金(月間)は4614シェケル(約1530ドル)です。
経済諸部門での労働条件は、労働側と雇用側の話し合いに基づく協定に明記されているが、最低条件は法律で決められています。
それには週最大47時間労働、最低賃金超過勤務及び休日出勤手当、休暇、病休などが含まれます。
賃金は三者協議会で決定されます。
国の最大雇用者である政府(その賃金スケールは、経済のすべての分野に強い影響を及ぼす)、労働組合であると同時に民間で最大の雇用者であるヒスタドルート、そしてその他の雇用者を代表する経済団体連合の三者です。
話合いでまとまった協定が、各経済部門の賃金スケールの枠組となります。
インフレに対する補償として、生計費手当が自動的に支払われるが、この恒久的な協定が(時々改定されるが)その金額を設定するようになっています。
このように、賃金状態はどちらかといえば柔軟さが少ないようです。
低賃金部門のほうはとくにそうです。
国民1人当たりの個人消費は1950年以来上昇し続けており、実質個人消費は1970年以降年率3.2%で増加(1995年は4.5%)。
個人貯蓄の額もかなりのものがあります。
個人貯蓄の平均を個人可処分所得の割合でみると、1950年代後半まで29%以下になったことはありません。
それが60年代初めに21%に落ちましたが、再び上がって1972年に38%に達した後、70年代は34%台を維持しました。
さらに1985年は29%へ1995年は22%に下りました。
v税が政府予算の3分の2以上をカバーしたことはこれまで一度もありません。
1970年末までは関税、物品税、購入税、付加価値税(現在は17%)といった間接税が税収に主力を占めています。
(所得及び資産に対する)直接税は1950年代末まで税収の4分の1を越えたことはありませんでしたが、70年代初期には3分の1に達し、80年代初めには2分の1近くとなり、1983年は55%の高さに達しました。
その後は、直接税のウエイトは減り、1992年は45%、1995年も50%を切ったそうです。
1995年の場合、国家の税収入は総額約357億ドルでした。
ちょっと真面目に経済ネタの気分です。
イスラエル国民に課せられている税は重いです。
膨大な公共消費をカバーするためです。
イスラエル国民が、所得比で世界一の重税負担者になったこともあります。
独立から10年間、税金はGNPの8分の1に相当しました。
1960年代になると、その比は4分の1に達し、70年代・80年代は、30~47%をただよい、1990~95年は、平均40%になりました。